2010年07月29日

お母さんのための気まぐれ講座

<言葉を探す>

お子様との普段の言葉のやり取りって、意外と難しい、と思うことありませんか?

「ねぇママ、ボクってどうやって産まれたの?」

は有名な第一のステップでしょう。

もうちょっと大きくなると、

「どうしてお勉強しなくちゃいけないの?」

とか。

そのうち、

「ねぇママ、どうして私が子宮頸がんのワクチンを受けなくちゃいけないの?」

なんてことにもなりかねません。

答える瞬間が教育なのです。

子どもには、心に響く言葉かけが必要です。

あとでいくら訂正しても、子どもの心には響きません。

それができないなら、小さなテーマならば、うまくかわしてあげる技術を身につけること。

響く言葉としては、

ケースバイケースの言葉、

普遍的な言葉、

個性的な言葉などを探すことですが、

目的は、その子が納得する言葉かけをしてあげること。

だから、とっさの対応であたふたしなくてもいいように、

それぞれ自分の若かったころの疑問を思い出しながらの、

先回り学習をお勧めします。

一語一語に奥深い言葉が探せると、いいですね。

最近Kが面白いと思った子どもの発言は、

担当のI先生に対して小学5年生のK君が発した一言。

「先生、日ごろのストレスは分かりますが、宿題をだすことで僕たちを使って解消しないでください。」

…。

K絶句(苦笑)。

子どもならではの観点でおもしろいです。

(I先生の名誉のために、彼女は決してヒステリーでも宿題魔でもありません)

昔の職人気質に

「てやんでぃ!つべこべいわずにさっさとやれぃ!!!」

なんていう一言で片付けたい衝動に駆られつつ(?)

「お。キミ、なかなかおもしろいね〜。うまいとこついてくるね〜。」

くらいにして、くるりと包み込んでしまうのがいいでしょう。

そしてもちろん、何事もなかったように、宿題を出します。

それでもひっぱって何か言われたら、

「あ、わかったぞ。K君は宿題が解けないくらいサボってたから、バレないように先生のせいにしたんだな〜。は〜ず〜か〜し〜。いっひっひ」

と、ちょっぴり反撃しておきます。

神経質な方や

一生懸命な方などは、

つい、真剣に答えようとしてしまうかもしれません…。

一人立ちする前の子は、まだまだお釈迦様の手のひらの上の孫悟空だよ、という感じで扱ってあげることが大切。

答えがとっさに出てこないときは、あえて考えようとせず、転がしてあげるのがいいのです。

真面目に答えて、後で考えなおして、

大人が簡単に自分の決定をコロコロと変えてはいけません。

子どもが大人を信用できなくなったらおしまい。

信用される大人であるためにも、

言葉をころころ変えたり、

態度をころころ変えたりせず、

常にあらかじめ予測して予習をして、

自分の方向性を決めて、

いざという時のために備えておくことがポイントなのではないかな、と思います。

まずは言葉をかみしめて深くしていく作業、

忘れないでくださいね。
posted by kumpu at 19:33| 気まぐれ講座

2010年07月23日

保護者の心の受け皿に

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写真は、捨てられていた子猫たちです。
隣村のある若いご夫婦が、その命を救いました。

猫の親が悪いのではない。

生みの親は、自分の子を捨てるなんて、まず考えられない。

      かわいいかわいいかわいいかわいいかわいい

あるお母様から、こんなお声をいただきました。

「K先生は、保護者の心をほぐしてくれる人です」

そのお母様は、お子さんの発達障害に対して、どうやって接していったらいいのか、大変悩んでいらっしゃいます。

発達障害と向き合うということは、大変な忍耐を要求されます。
「あうん」の呼吸が読めなかったり、
「当たり前」が理解できなかったり、
反応がイマイチ遅かったりするので、
周りはつい、イラッとしてしまうことが多いのです。

Kもまだ発達障害の知識が浅かった時(18歳ころ)には、
初めて発達障害のお子さんと接した時、
いくら大学や独学で心理学を学んで多少の知識があったとはいえ、
やはりイラッとしたことが多々ありました。

あるときは相手を責めたり、
あるときは自分の自信を失ったり、
きつい言葉を発せないためにストレスを感じたり、
指導から逃げたくなったり…

当時のKは、もはや限界まで来ていました。

「責任」がなければ、早々に辞めていたと思います。

あるとき、なぜ自分は辛いんだろう、と考えていた時に、
はっと答えが出た時があります。

「彼らは頼る相手がいないから私のところへ来ている。私が拒んだら、彼らの居場所はもっとなくなる。」

ということ。

「一人で大丈夫だったら、私のところへなど来ない。」

ということ。

「ならば逃げ腰ではなく、しっかり受け止めてあげよう。そして、無理なことはさせない代わりに、できることはすべてさせてみよう。」

という結論に達しました。

● できないことはさせない。
● できることはさせる。
● できることとできないことを見つけ、親の理解を得る。

この3点に的を絞り、早いものでこの15年、発達障害の子どもたちに正面から全力で向き合ってきたのです。

おかげで、さまざまなことがわかりました。

発達障害の子でも、必ず、できることがあります。
その糸口さえ分かれば、とにかくそれを使って「自信をつけさせること。」
それができれば、次は思考回路のトレーニング。
応用でなくていいのです。
基本的な思考の習慣づけです。

急がせると、逆に何もできなくなります。

忍耐と共に付き添ってあげると、脳の発達と共にだんだん大人になっていくのがわかります。

週に1〜3回90分の間に関わるKがここまで考えるのですから、

毎日生活を共にする保護者の想いはいかほどでしょうか。

発達障害などの障害をもつお子さんのケアは、学校でも随分始まりました。

けれど、その子をもつ保護者の心のケアは、まだまだゼロに等しい。

最初のお母さんの言葉は、これをもろに物語っていると思います。

Kは、お子さんの居場所確保のお手伝いだけでなく、

保護者の方の心の受け皿にもなることができていたようで、

そのお母様の言葉をいただき、大変嬉しく思いました。

最後に、お母さんはおっしゃいました。

「先生のように心をほぐしてくれる存在に、まず出会うことはありません。あまりに保護者の心に対する理解者が少ないのが現状です。私も実はいっぱいいっぱいで、いっそのこと、死んでしまおうかと思ったことも、何度もあります。でも、先生に出会えて、光が見えてきました。それが何よりも今は一番嬉しいです。」

と。

ご縁があって、本当によかった、と感じるお電話でした。

しかしお子さんはまだまだこれから。

険しい道のりですが、長く進める道を探しながら、一緒にがんばっていきましょうね。

お母さん、あなたはもう、一人ではないですよ。
posted by kumpu at 11:48| 日記

2010年07月01日

育てる世代へ

なぜこんなことを気まぐれ講座でいわなければならないのかと思うと、とても残念ですが、

若い世代に一緒に考えていただきたいので、あえて言わせていただきます。

最近、こんな言葉を聞きました。

昔は馬車馬のように働いた。

血気盛んで、頑張って働いているうちに、

いつの間にか定年退職の年代になった…

しかしまだまだ働きたい。

という言葉。

そしてご自分ががむしゃらにがんばっていたから、

今の若者を見ていると、歯がゆい気持ちなんだそうです。

でも、でも。

必ず、いつの時代も変わるのです。

世代が、変わるのです。

今は、価値観が変わり、科学技術の進歩が圧倒的に進み、情報量がとても多くなりました。

人生の価値観、優先順位の変動が起こって当然ですし、

ひと昔前の「みんな一緒に行動すべし」という団体行動第一主義から、

今の時代は、「気の合う者同士が楽しむ機会があればいい」という、生活の在り方に変化しました。

そのことを理解してほしい。

そして伝えることは、あきらめずに伝えてほしい。

自分が現役でいるという形ではなく、

非営利に、育てる側に回ってほしい。

切り替えることは、潔く切り替えてほしい。

しかし若者は突然達人になんてなれるわけがありません。

時間もかかりますし、育てる側には忍耐も必要です。

だから、先輩方は、つい、いつまでも現役で働きたくなってしまうのです。

「あいつまだ若造で世間知らずだからそんな立場にやらせるべきでない」

「おまえは若くてまだ先があるから、今回は先輩に譲れ」

こんな言葉を何度も聞いたことがあります。

そうではないのです。

人生の先輩方、元気のいいうちに、若者を育ててやってください。

今の社会をふと冷静に眺めてみてください。

元気のいい時は若者に活躍の場を与えず、

自分が歩けなくなったら若者に介護してくれ、というのは、

なんとも虫がいいというか、おかしな話だと思いませんか。

最近、定年を70歳まで引き上げろという60代の男性の言葉を聞きました。

Kは、退職年齢を引き上げることには反対です。

もっと、若者を使って育てることが必要です。

雇用は、まず、将来子どもを育てる世代に開かれるべき。

非婚化、晩婚化が問題となっていますが、

男性の経済力が低下しているため、

女性の希望にそぐわないから、出会いがあっても成就しないケースが多くなっているのだそうです。

これは問題です。

元気のいい血気盛んな「地域のおじいちゃん」たちほど、

資産がたんまりあったりする場合が多いのです。

資産に加えて、さらにお金がほしいのでしょうか。

それこそ、働きたいなら、ボランティア社員のような存在では嫌なのでしょうか。

ボランティアは嫌、お金はほしい、介護してくれ、今の若者はダメだ、なんて、すごく勝手な言い草だと思ってしまいます。

もう少し、社会全体を見て言葉を選んでほしいと思います。

負けるな、若者たち!!!
posted by kumpu at 12:43| 気まぐれ講座