2011年05月19日

巣立ちのためのインターン

当会を卒業した生徒2名が、自ら希望して、社会勉強にくることになりましたるんるん

もちろん、学習指導ではありませんよ。
週に1日とか、2日とか、簡単な事務アシスタントですが、加えて、それぞれの担当者への情報の橋渡しという、大事な役も練習することに。

担当とも、やはり基礎的なホウレンソウは教えないとね、とのことで、決定。

2人にとっては、おそらく生まれて初めて継続的に社会的な責任を担う経験になるのだと思います。
最初は、できないことの方が多いかもしれない。

それでも、自立に向けて自分にできることから始めようと思った気持ちを、大切に育てていってほしいので、失敗を恐れずに、とにかくこちらは見守りながら、やらせてみることが大切です。
そこから、徐々に自分の自信をつけて、活動の場を広げていけばいいのだから。

さぁ、ついに、社会人実習開始です。

数年前の、やる気を引き出す会話から始まって、今こうして社会への巣立ちを練習しようとする子どもたちの成長を目の当たりにするとき、

辛いこともたくさんあったけれど、本当に、この塾を始めて良かった、と思う。

薫風は生徒の心と共にある学習塾です。
posted by kumpu at 22:01| 教育

2011年05月05日

一人前という枠

「母親になって、一人前。子を持たずして、生意気なことを言うな」

Kは面と向かってこんなことを何度も言われている。

しかし、こんなことがあった。

友人の話。

「この数カ月、夫婦で病院に世話になった。いろいろな検査を何回も受けた結果、子どものできない体であることが分かった。世の中には、欲しくでもできない人たちが五万といる。なのに、周りは無神経に「子どもを早く作れ!」という。自分のことを、いちいち説明して回るような話じゃないし、子どもをほしくない夫婦なんてホントにごくごくわずかだよ!ほしくてもできない数の方が多いんだよ!と思う。」

Kは、今まで、大きな負い目がありました。
子どもがいないという負い目。
でも、友人の淡々と語る口調を聞いているうちに、ふと、思った。

子どもができて一人前と考える人は、子どもができない夫婦を、人を、一生、認めないってことなのか?

欲しくてもできないという「子どもがいない人」と、まだいらないという「子どもがいない人」とを、ひとくくりに考えないでほしいのだが・・・。

子どもがいないからこそ、見えることもある。気づくこともある。芽生える気持ちがある。

悲しみや優しさがある。

これらの部分は、認めるうちには入らないのか?

冒頭、半人前だの、一人前だの、そんなちっぽけな枠の中に、人の人生を押し込めないでほしい。

それぞれの人が、それぞれの人生において目を付けた自分の長所を生かしながら生きることを、

もっと大きな声で、堂々と言ってのける人生を生きようと、

Kは最近、強く思う。
posted by kumpu at 22:12| 日記